特集 まちを使いこなす

成熟社会のまちづくりを考える

井澤 知旦

はじめに

 先般、上海に行く機会を得たが、そこでは日本の1960年代の高度経済成長と1980年代後半のバブル経済とが同時に訪れたかのような活況を呈し、人々の表情は笑顔で明るい。それに引き替え、日本は依然バブルの後遺症を引きずり、構造改革が進まないなど、先行きの希望が持てない状況にある。人々の表情は眉間にしわ寄せ暗い。
 それだけ不透明感のある中で、確実なことは、人口が減り、いずれは(約10年後には)世帯数も減る、高齢者が増え、子供が少なくなるということである。
 そうなると、住宅は余り、市街地は縮減し、自治体の財政難から行政サービスは制約され、それを補うかたちでNPOが第3のまちづくりの担い手として活動していくであろうことは想像に難くない。
 このような成熟社会において、まちづくりをどのようにしていくのかの私見を、一部経験を含めて考えたい。

時間的空間的ストックの活用

 そこに人々の生業がある限り、歴史や文化があり、町並みがあり、ランドスケープがある。これらは時間的ストックに裏打ちされた空間的ストックと言うことができる。企業誘致による地域振興もあるが、今日ではそれは期待できない。むしろ、外的でなく内的資本導入による内発的発展をめざすことが重要である。確かに工場や大型ショッピングセンター誘致に比べてインパクトは小さいであろうが、そこで暮らす人々がいる限り、地域資源を活かした振興は持続性が高い。内発的であればあるほど、地域のアイデンティティという求心力が不可欠となり、その求心力こそが時間的空間的ストックである。また、定住人口増加は今や期待できないため、交流人口増加による地域活性化もストック活用の必然性を後押ししている。
 事例には枚挙にいとまがない。8頁にもいくつか紹介されている。筆者が最近見聞した中で印象に残る事例は、1つは岐阜県岩村町の「女城主の里づくり」である。標高日本一の山城址と城下町(商人家)は高台から見ても、道を歩いても美しい。15年にわたり、「いわむら町まちづくり実行委員会」が地道ながら着実にまちづくりに取り組んでいる。もう1つは伊勢市河崎町の「河崎まちづくり」である。そこは参宮客への食料物資の問屋街を形成していた。勢田川の船着き場と建ち並ぶ蔵の風景が美しい。当初は水害を契機に河川改修が進められたが、同時に独自の町並みが失われた。これに反対する市民運動が起こり、行政との対立関係を生んだが、今日では行政が旧酒問屋を「伊勢河崎町商人館」に改修して、河崎の歴史文化を紹介するとともに、まちづくりNPOの活動拠点にもなっている。
 これらは、例えば明治村やおかげ横丁とは異なり、そこに生活があるということ、しっかりとした自発的まちづくり住民組織が活動し、行政との連携がしっかりしていること、が特徴であろう。
 中心市街地活性化も大きなテーマになっている。商店街もこのストックの1つである。周辺人口の減少と郊外との競争激化が衰退の環境的要因であろう。高容積型の再開発を実施して強力な集客施設を入居させることができるのは限られた場所だけである。名古屋の都心で、現在大きくまちが変化しているのは、問屋街のように業態の構造変革が求められ、地価が大きく下落したところである。既存店舗を改修して新しい飲食店が入居している。つまり、商店街で従前並みの賃料で空き店舗の入居者を求めても、商業施設で埋めることは難しい。
 商店街のもつ環境を好む事業者(例えば、デイケアやSOHO、工房等)を低家賃(定借も1つの手法)で入居させ、にぎわいを取り戻し、商店街のポテンシャルを高めることが先決である。シャッター通りには行く気はしない。もちろん徒歩圏での居住人口を増加させることも不可欠である。

公共空間の活用

 明治以降、日本のまちは近代都市にふさわしい基盤(道路、公園、河川など)を一生懸命整備してきた。欧米の水準に追いつくために、公共が整備し、管理してきた。その結果、それらは町中に相当の空間を占める。しかし、道路には道路の、公園には公園の本来の使用目的があり、それとは異なる使用は臨時的なものに制限され、かつ許可対象になる。
 歩道を例にとると、本来的使用は歩行者の通行である。オープンカフェのような設備は、通行を阻害するものとして許可されない。しかし、市民(住民や来訪者)にとって、歩道は通行するだけでなく、休憩や対話、意思表示(例えば大道芸)など、多目的な使用を望んでいる。欧米ではそれらの行為は違和感なく都市で受け入れられている。市民へのアンケート結果を見ると、そのことを要望している。これまで整備してきた公共空間を市民生活の豊かさ向上に資する使い方が成熟社会でのまちづくりのテーマの1つになる。
公共側も今後公共空間の維持管理に相当な費用が発生することが予測される。公平性を期するために、使用者から使用料を徴収すればよい。パリ市では公共空間の使用料が市税収の8%を占めるに至っている。
 実現するためには、公共空間を管理する法令(公物管理法)・規則等を改正したり、同時に、一定のルールのもとで、それら公共空間を共同管理する主体を育成する必要がある。米国ではアダプトプログラムという制度があり、公共空間の清掃などを公共から地域へ養子縁組して地域が責任持って管理するものであり、日本でも徐々に、その運動は広がってきている。これからは単に管理するだけでなく、地域の活性化や新しいビジネスを創出に寄与するマネージメントの方策を探るべきであろう。
 名古屋では100m道路である久屋大通でオープンカフェの社会実験を3年間実施してきた。今、同じ100m道路である若宮大通をいかに新しい都心軸として活用していくかを検討中である。中心市街地あるいは商店街の幹線道路や公園の有効活用に展開していくことは可能である。

まちづくりNPOと公共との関係づくり

 1990年代は「失われた10年」とよく言われるが、見方を変えれば、改正都市計画法、特定非営利活動促進法、中心市街地活性化法(TMO)、地方分権一括法などが制定されて、地域で考え、地域でまちづくりを進める条件づくりの10年であったと言える。
 まちづくり分野のNPOは、福祉、社会教育に次いで多く設立されてきている。つまり人的資源の結集である。これまで見てきたように、歴史的町並み、商店街、公共空間…、いずれも地域にこだわりを持ったNPOが不可欠である。しかし、多くは立ち上がったばかりで、実績も少なく、経営基盤も脆弱である。TMOもこの分野の1つであるが、大きなプロジェクト(大きなリスク)を実現する力量はない。ボランティア精神だけでなく、ビジネスマインドとプロフェッションが求められる。
 まちづくりでは、これまで担ってきた公共との関係づくり(パートナーシップ)が重要である。公共には資金、制度・手法のノウハウ、市民代表性(公共性)があるはずである。その関係が良好なところほど、まちづくりは展開されている。

 「成熟社会のまちづくり」の視点はもっと多様にあろうが、ここでは「まちを使いこなす」という視点で整理した。一過性でない持続性の高いまちづくりこそが、これからのキーワードであろう。

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