対談「名古屋を舞台に〜インド映画は世界への架け橋〜」

 アニル・バクシーさん × 井澤 知旦

普通じゃない方が、面白い

井澤 アニルさんが撮られた映画『ボンベイtoナゴヤ』には、名古屋を舞台にしているだけあって、見慣れた風景があちこちでてきますね。恋人と再会する夏祭りの名古屋城があったと思うと、栄の交差点のど真ん中で座って歌ったり、名鉄の改札口から踊りながら入っていき、名鉄パノラマカーの中で歌い踊ったり。他には、名古屋駅の周辺や久屋大通のエンゼルブリッジ、大須観音、名古屋港など…。名古屋オンパレードで出てきていますね。

バクシー 名古屋はもともと映画のロケ地ではないと思いますが、だからこそ、どう面白く撮るか考えました。この映画は先日、「東京国際ファンタスティック映画祭」に出たんですが、その時、「絶対一度名古屋に行きたい」と言った観客が大勢いました。“Do you know NAGOYA?"と世界中どこの人に聞いても、みんな知りません。東京や大阪は知っていても、名古屋はどこかの田舎だと思っています。本当はこんなにいい町なのだということを世界に伝えるために、誰も撮ったことのない映画をつくりたかったんです。普通じゃない方が、やってみると面白い。今はインドでは、この映画の影響でたくさんの人が名古屋を知っていますし、映画を観て名古屋に来る人もいます。
最初、名古屋で映画を撮っても失敗すると言われましたが、自分の考えを通しました。ポリシーがないと成功できないし、人は後からついてきます。名古屋人は、すぐ「検討する」と言うけど、我々の場合は検討じゃなくて、アクション。映画=アクションです。考えるのは終わってから。

井澤 『ボンベイtoナゴヤ』を撮って9年くらい経っていますが、当時と比べて名古屋もだいぶ変わってきました。JRのセントラルタワーズやナディアパークなど、シンボリックな建物もつくられています。今度撮影されるという『ラブ・イン・ジャパン』では名古屋でのロケもあるということですが、どの辺りを舞台にするイメージを描いていますか?

バクシー セントラルタワーズとか…瀬戸もいい。2005年に万博が開催されるので、あのまちがどう変わっているか見たいです。
映画づくりが盛んなボンベイのことをインドではボリウッドといいますが、私は名古屋をハリウッドとボリウッドをミックスした感じのまちにしたいと思ってるんです。アジアとアメリカをミックスした感じに。まちの雰囲気がまだまだ暗いから、もっと明るさを出さないと。そのために、市民と市が協力することが必要です。建物だけ変えても、まちは変わりません。ビルとか建っていなくてもイキイキしているまちってありますよね。そのいきいきした色がまだ見えて来ないですね。だから、2005年までに色を見せるようにしたい。名古屋は変わったんだと。

井澤 名古屋カラーをね。1989年のデザイン博で街がきれいになりましたが、”箱”がきれいになっても、心まではデザインされていなかったということでしょうか。これから2005年の国際博覧会に向けて、名古屋の心までをデザインしたいですね。

バクシー それから、若い人が住みたくなるまちにしたいですね。将来まちをつくるのは若い人しかない。名古屋には若い人のアート、つまりCreativeness(創造性)を活かすところがありません。これを活かしたアートシティあるいはファッショナブルシティを目指さなければ、名古屋は死んでしまいます。僕は、名古屋の悪口ばかり言っているかもしれないけど、これは名古屋が好きだからなんですよ。(笑)

井澤 多くのインド人が『ボンベイtoナゴヤ』を観て名古屋を知ったということですが、まちをどんなイメージでとらえたんでしょうか?

バクシー 名古屋のまちの雰囲気が好きだと言う人が多かった。地下の雰囲気とか、道路がすごくきれいだとか。名古屋城の印象も強かったようですね。インドのタージマハールと名古屋城はイメージが共通するんですよ。名古屋の歴史を感じさせる明治村も非常にいいですね。

インドでは、ハート・ボディ・マインドすべてで表現

井澤 インド映画は途中で突然、歌と踊りのシーンが何度か必ず入りますよね。インド映画では定着したスタイルなんですか?

バクシー インドでは”I love you"とまっすぐ言えないんです。だから詩で自分の言いたいことを言う。それで、相手を好きか好きじゃないかわかるんです。それから、インドでは人間は人を愛する時、その喜びをダンスで表現するんです。踊って自分のエネルギーを外へ出す。人間は言葉だけじゃなくて、ハート、ボディ、マインド全部を働かせます。

井澤 ハート、ボディ、マインドは、名古屋のまちづくりとも関係してきますよね。ところで、恋人役の女優プリヤンカさんは、名古屋にどんな印象を持たれたんでしょうか?

バクシー 名鉄パノラマカーで一緒に歌ったのが特に好きだったみたいですね。名古屋の雰囲気に夢中になってました。「ここは自分の国だ」と。名古屋に1ヶ月いる間に友達もたくさんできたようです。彼女は、現在インドでトップ女優です。
役者でも、そのまちが好きじゃないと、いい表情がでないですよ。夢中になって自然に動けるから表情がでてくる。Nagoya welcomes her. やっぱり合うんですよ。ちなみに私も名古屋との相性はばっちりです。

井澤 映画はインドで娯楽の第1位ですね。日本も戦後はそうでしたが、TVやゲームなどどんどん新しい娯楽がでてきて、順位が変わってきました。インドでもこれから多様化していくんでしょうね。

バクシー そうですね。他の娯楽も入ってきているんですが、インドの人はどうしても映画が好きなんですよ。それは、夢をみることができるから。貧乏人が金持ちになるとか。みんな、自分のドリームを映画で探す。

井澤 名古屋はアミューズメントやエンターテインメントといった柔らかな遊びが豊かだとはいえません。自由な時間の楽しみ方や過ごす場所をもっと作っていくべきなんでしょうね。ところで海外に行くと、オープンカフェがたくさんありますよね。インドはそういう空間ってあるんですか。

バクシー むしろ、屋外しかない。宇宙の下で生きているという感じ。日本はそういうコンセプトがない。だから自然と人間が離れてしまったんですよ。インドはオープンなところで食べるし、話す。日本は何でも閉まっていて、オープンじゃない。もうちょっとオープンにした方がいい。日曜日くらい、喜んで歩けるような…。

国際博でインド村をつくろう

井澤 名古屋はまちとしての舞台はそれなりにできているんですが、そこで何を表現するか、つまり踊り手が誰で、演目が何かがわからない状態が続いています。オープンカフェなどをつくって、もっとにぎわいをつくりだすなど新しい試みが必要ですね。
先程、撮影場所として瀬戸という話がありました。万博では、世界の人が注目する場所になると思いますが、どういう風に展開していったらいいと思いますか?

バクシー 瀬戸で前から考えているのは、インド村。タージマハールみたいな建物をつくって、インド村のコンセプトでカフェテリアをたくさんつくる。インドの時代劇が観れる舞台や、インド映画が観れる映画館もつくる。それから、象やラクダなど動物の上にのって子供が遊べるところなど、インドの子供の遊びを全部持ってきたら面白い。

井澤 日本はこれまで欧米を意識し、そこに追いつき追い越せでやってきた。でも、国際博覧会をきっかけにして、もっとアジアの人とどう交流するかを真剣に考えていかなければいけないと思います。

バクシー 私の考えでは、アジアはひとつ、兄弟です。インドの哲学的深さと中国の行動的精神力に日本の技術力を併せれば、世界で勝てると思う。中国とインドのミックスが日本。だから日本はアジアのリーダーになれる。

井澤 国際博覧会のインド村の構想があるのなら、インド村で映画村をつくるということも含めて実現していきたいですね。

名古屋をドリームシティに

バクシー 名古屋にドリームシティをつくりましょう。ドリームの実現に百年かかるかもしれないけど、とにかく始めないと実現しない。
黒澤明監督の『生きる』という映画を見ました。同じ仕事の繰り返しばかりだったある公務員が余命6ヶ月と宣告され、世の中に何か残して死にたいと、子供のための公園づくりを思い立つ。目をつけた土地にビルの建設計画があるなど困難に直面するが、やりたいという気持ちが強かったから公園をつくることができた。彼は、ドリームを探してたんですよ。だから、名古屋でも、ドリームのためにみんなが頑張ればいいまちができるんです。でも今は、ドリームがない。真似をするのはドリームではありません。若い人がドリームを持てる環境をつくっておかないと、ドリームは生まれない。

井澤 ドリームを一人ひとりが持たないと、パワーが出ないですよね。アニルさんのドリームは何ですか?

バクシー 日本に来たのも何か縁があったんだろうと思います。私は思ったことは必ずできると思ってます。『ボンベイtoナゴヤ』でも、できた。時間はかかりますが。

井澤 「縁がある」というのはアジア的な考え方ですね。それから、発音も意味も同じ「世話」という言葉がインド語、日本語の両方にあるようです。せっかくインドと日本があり、アニルさんがおられ、我々がいるんだから、最初は小さい橋でもいいから、心と体の行き交うつながりをこれからつくっていきたいものです。名古屋もこれからもっとオープンなまちにつくりかえていきたいですね。
我々も一生懸命やっていきますので、アニルさんもご協力よろしく。

バクシー 日本語で「百聞は一見にしかず」といいますが、とにかく何かつくって見てもらうことが必要です。夢をみせるために、頑張りましょう。

アニル・バクシーさん プロフィール
1969年インド生まれ。名古屋在住10年。映画俳優、デザイナー、演技・英語学校主宰と多様な活動をこなすため、インドと日本を飛び回る超多忙な毎日。『ボンベイtoナゴヤ』にインド人警察官として主演し、歌や踊り、アクションを披露している。

ボンベイtoナゴヤ
 1991年に名古屋を中心とする東海地方で撮影されたマサラムービー。アニルさんと、兄のラリット・バクシーさんが製作にあたった。
 ボンベイの警察官・ヴィジャイ(アニルさん)は、殺された両親の仇をとるためギャングを追って名古屋にやってくる。栄や名駅、明治村といった場所を舞台にしてロマンスやアクション、ミュージカルシーンが展開される。悪役として、名古屋で活躍するスーパー一座の原智彦さんも出演している。
 完成当初は名古屋では公開されず、幻の映画となったが、名古屋に住むインド映画研究家次良丸章さんによって息を吹き返す。99年名古屋を皮切りに大阪や長岡でも上映され、東京国際ファンタスティック映画祭にも招待された。

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