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やきもの街道を歩く


1998年建築学会東海支部都市計画委員会春の交流会(1998.4.11)

 午後からは、瀬戸市民会館より窯垣の小径までの道のりを往復し、比較的よく昔からの面影を残している、街道沿いの風景を眺めて歩いた。市民会館近くの広い道路沿いには、タイルの壁と瓦屋根が何とも言えない威厳をかもし出している「蔵所交番」や、西洋風の縦長の窓が特徴的なNTTのビルなど、瀬戸でしか発見できないような面白い建物を見ることができた。にぎやかな通りを少し離れると、ゆるやかに蛇行した比較的狭い道沿いに小規模な町屋が建ち並び、ある家の庭先では成形した小皿が並べて乾かされ、別の家は陶器を売る店であり、せともの工場も時折見られ、この地が歴史あるやきもの産地であることを実感した。

 瀬戸の町のこれからを考えてゆくにあたっては、歴史の中でゆっくりと形づくられてきた、街道や趣ある建物など瀬戸らしい風景をできるだけそのままの状態に保つようにし、その制約の中で時々の問題を解決してゆく知恵が必要となる。瀬戸の瀬戸らしさとは、結局そのようにしてしか保つことができないからである。窯垣の小径・資料館は、土地の文脈をすくいあげながら観光地を整えた好例であり、瀬戸全盛期のメインストリートの面影を今に伝え、窯元であった民家を改装してつくられた資料館は、観光客がひとときの聞くつろげる場となっている。またここでは地元のお年寄り達がボランティアで案内役をつとめており、焼き物や地域の歴史などについての話を聞かせてくれる。私達が展示室でVTRを見ている時に隣の部屋から彼らの笑い声が聞こえてきたりして、ここでの時間を楽しんでいる様子が伝わってきた。窯垣の小径という、その昔窯場に通う職人達がさかんに行き交ったという道の意味をとらえ、道の脇に築かれた窯道具でできた垣を保存し、窯元だった民家を利用して資料館とし、そこが地元の人の手伝いにより運営されているというこの地域での出来事は、瀬戸の他の地域にとっても大いに参考になることであろう。

 街歩きの後のディスカッションにおいても、現在瀬戸市が構想を練っている瀬戸側沿いの整備計画では、尾張瀬戸駅地区再開発ピルの外観などをはじめとし、瀬戸という土地が持つ文脈を読み切れていないという指摘があいついでなされた。整備計画自体まだしっかりと煮詰まっていない段階であるから、計画を詰めてゆくにあたり、瀬戸に今まで蓄積されてきたもの、ことをより発展させてゆくような方向性を模索してほしいと思う。


(1998.4.17/伊藤彩子)