スペーシアレポート

村おこしとIT

古池嘉和

 今、IT革命は、巷にいる「親指姫」達の間では確実に進んでいる。携帯電話で素早くメールをやり取りする彼女たちこそIT革命の寵児だ。なぜなら、声高にITなどと騒ぎ立てることなく、電話をかけるがごとく自然と日常生活に溶け込んでいるからである。こうして見ると、IT革命とは日常の中にある。すなはち、それは「ライフスタイル革命」そのものなのである。情報通信インフラの整備はそのための手段であり、決して目的ではない。かつてメセナを標榜しつつ文化ホールを乱立させながら、肝心の中身がなかった「文化土建国家」が、そのまま「情報土建国家」に変わるだけでは意味がないのである。本質的には、生活が豊かになること、それが可能となるかどうかである。地域でのIT革命は、こうしたライフスタイルを実現できるビジョンを持てるかどうかにかかってくる。それはもはや「都市VS農村」という対立図式ではなく、こうしたビジョンがあるかどうかで決まってくる。そしてそれは、自治体間の格差が広がる可能性を意味し、過疎化が一層深刻化するところと、一定の歯止めをかけられるところが出てくるだろう。それは、都市とか農村とか区別することすら意味がない時代となってきたのである。

 巷間言われている「村おこし」とは、地域の産物の販売や観光などによる交流など人や物がどのように「流通」するのかに主眼があった。農村の豊かな資源を地域外の人々と共有することで小さくとも経済的な効果を期待するものであった。しかし、ITによるライフスタイル革命では、寧ろ「暮らし」に注目する。そこでの暮らしの質がいかに高いものかにより選択的に居住する時代である。例えば、物理的には、空家など過疎地の負の遺産は、ITによりSOHOにもなり得る。遠隔医療なども可能となろう。何時間もかけた通勤地獄で無駄な体力を消耗することもない。加えて、田舎ならではの食物や澄んだ空気、おいしい水、鳥の鳴き声、祭、工芸など豊かな暮らしも享受できるかも知れない。折しも、若者の就農意向者が増加傾向にあるなど「農の再評価」という時代の追い風も吹いている。

 過疎化による人口減少と高まる高齢化、空き家や空き工場の増加、活力の低下、産業の衰退などと言うとどこかの山村の話かと思われるが、人と人とが集まって形成するコミュニティという意味では、大都会の中にも同じ現象はある。例えば、西陣(京都市)などは好例である。このあたり、自らの体験を含めドキュメントタッチで紹介している「現代のまちづくり〜地域固有の創造的環境を(池上淳・小暮宣雄・大和滋編)」によれば、西陣活性化のため工場を再生した空間「西陣ファクトリーGarden」で活動する写真家の小針剛氏が次のように語っているという。

 「(西陣織産地の地方分散などで空洞化が進む一方で)モノづくりの高度な技術が集中し、伝統の町並みや生活文化が息づく西陣は、まだまだ魅力いっぱいのまちです。田舎暮らしの温かさの中で都心の便利さを兼ね備えた生活空間があります」「生産する人と買う人だけのまちから、見て触れたい人、歩きたい人、語りたい人たちが多彩に触れ合う、住んでも楽しい西陣村づくりができれば、と思っています」と。

 そしてこうした西陣の再生を支えているのがIT技術であり、行政側も「西陣SOHOづくり推進Project」を打ち出している。

 都市あるいは田舎という括り自体が無意味化する時代の中で、鍵を握るには、コミュニティ自体がいかに内発的な動きを作り出すのか、どのように空き家など地域の負のリソースを再生するのか、そしてそれを可能とするIT技術をどのように使いこなすのかという視点であろう。こうした「新たな村おこし」が全国各地で始まろうとしているのだ。

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